Facebookのアカウント使用出来なくなった。前回と同じで写真を送ってください。と表示されて、身分証を送信した。

これから、また調べる。

実家の母に電話をした。自分が働いてないこと。自分の欠点や精神の病気の疑いのこと。など話した。

今回、前進したのは、自分のデメリットの部分に耳を傾けてくれたことだ。

以前は、表面的な答え。例えば、「つらくてもそこで頑張るしかない。」のような程度を無視したもので、どう説明しても、病気の診断のことを話してさえ、同じ答えが返って来るだけだった。

今回、話してみて思ったのが、子供のころから、同じようにミスをして、同じようにだらしがなくて。

それを隠すために、笑いに変えようとしたり、イエスマンになって、攻撃されないようにしてたのは、それも形を変えた自分なりの工夫だったんだなということ。

原因を隠してきたから成長しなかったと反省して、ある時から真面目に生きようとしたけれど何も成長出来ていないこと。

話しながら、実は自分は努力していたのではないか。と思った。どこに行っても、最終的には、追い込まれ逃げ出したとしても。

自分が作った過酷な環境で、自分のミスやだらしなさと向き合った。

自分は努力をしなかったダメな自分と思っていて。自分を軽蔑していた。

だけど、母とまともに話が出来て、自分はその環境で持てる力を使ったと思えた。

たとえ、人より出来なかったとしても、自分はやったのだ。

これで何か変わることはないかもしれない。

ただ、この瞬間だけでも、自分を軽蔑しなくていいのは、気持ちがいい。

 

本当は、何か変わるといいな

南無 合掌